日本では凶悪事件も少年犯罪も低減中。「有害情報」も「治安悪化」も全てウソ。だまされないで!


by kitaharak

中日新聞の無知といい加減な印象操作

※中日新聞2008年6月18日(水)[特報]より
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■猟奇的犯罪の原点(ではなく、壮絶な猟奇殺人は戦前戦後の方が頻発)

◆刑執行の宮崎死刑囚
 「オタク」「ロリコン」「無差別」「家族からの疎外感」…。17日、死刑が執行された宮崎勤死刑囚(45)が、20年前に起こした幼女連続誘拐殺人事件は、その後の若者の無軌道で猟奇的な犯行のはしりといえる(ような印象をうえつけるのがこの記事の魂胆であり大ウソ)。犯罪は社会病理の現れでもある。ネット万能や「孤」の時代で増殖する(どころか低減傾向が顕著な)若者犯罪を識者はどうみているのか。

 宮崎死刑囚は1988年から89年にかけて、首都圏に住む4歳から7歳の4人の幼女を誘拐、殺害した。遺骨を女児の家に運んだり、新聞社に犯行声明を送り付けるなど、残忍な手口で、幼い子どもを持つ親に衝撃を与えた。逮捕後には、ビデオなどが積まれた宮崎死刑囚の異様な部屋の様子が報じられた。他人や社会との関係が希薄で内向性の「オタク」とう言葉が日常的に使われ始めたのは当時からだ。
 「《宮崎勤》を探して」の著書で評論家の芦沢俊介氏は「『オタク』は今では市民権を得ているが、彼は存在を認められていなかった。オタクではなかったのかな、と思う」と語る。
 「誰でもよかった」と無差別に起こした東京・秋葉原の無差別殺傷事件(をここで出すのは悪意及び意図的であること)をはじめ、神戸市の連続児童殺傷事件、大阪・池田小を襲った宅間守元死刑囚=2004年9月に執行=の事件など、社会を震撼させる事件が宮崎事件以降続く(ように感じさせるべくマスメディアが不安感をあおる演出的ミスリードは極めて深刻)
 それらの事件を挙げて、芦沢氏は「彼らの存在は、何からも認められていなかった。いるのにいないという状態。そんな扱いを受けてきたことが事件につながったように思う。彼らの原点が、宮崎死刑囚にあった思えてならない(などというのはこいつの妄言)」と指摘し、こう続ける。
 「『人は1人で生きられない』と言われながらも、『1人で生きろ』と言われるのが今の社会。社会の寛容度が低く、他人や子どもに厳しくなっている。1人に人間に問題や責任を集約するのではなく、もう少し相互の支え合いを考えるべきだ」

◆「病理生む社会(は戦前戦後だっつーの)」考える機運も

 精神科医の香山リカさんは、宮崎死刑囚と同世代だ。同じような文化に接してきた者の凶行に当時ショックを受けたと言う。「事件の度にメディアの影響が言われ、解答を得られないまま今日まで来た(というがメディア強力効果論は完全に否定されており、にもかかわらずサブカル憎悪弾圧思想の感情論で毎回にぎりつぶされている)。教訓になってないのが残念。」
 それでも「オタクが起こした特殊な事件とする風潮があったが、秋葉原の無差別殺傷事件後に若者の雇用問題が取り上げられるなど、『社会が病理を生んでいるのでは』と考え直す機運が生まれててきている」とみる。
 ここ数年、相次いだ(と思わされている)子どもの連れ去りや性犯罪なども、(戦前戦後は桁違いの被害数なのに)宮崎事件がはしりとされる(ように思い込ませる放言で中日新聞は扇動記事を好きに書きなぐり、世間も食いものにしてます)。若者が犯行時に駆使する携帯電話やインターネットなどの機器は、宮崎事件以降に登場し、若者の犯罪はさらに広がりをみせている(などという、例によって論拠乏しいお決まりのメディア元凶論を知った顔で吹聴します)
 聖学院大客員教授の作田明氏(犯罪心理学)は「人との接触を積極的にしたがらない若者が増え、1人で楽しむ傾向が以前より強い(はずの現代の方が凶悪犯罪が少ないという記事上都合の悪い事実は内緒ネ)。同時に、携帯電話やネットなどの発達で、その中にはまり込む傾向が強まっている」と、内向性の強まりを問題視する(のはこいつの偏見と差別とその一方的敵視によるもの)
 宮崎死刑囚は精神鑑定で多重人格などの判断が出され、最後まで謝罪の言葉もなかった。弁護人が再審請求の準備や精神治療を受けている状況を鳩山邦夫法相に伝えていた最中の執行だった。
 「宮崎死刑囚を統合失調症だと主張し続ける専門家がいる。動機と無関係だったのか、疑いが残り、モヤモヤしたままだ」と語るのは、野田彰関西大学院大教授(比較精神医学)。
 最近の事件を見て「おもしろくない社会だからなくなってしまえ、という犯罪(は津山30人殺しとかそっちの時代の方が顕著なのに現在の方)が多い(と印象操作するのがこの記事の本懐)。今の教育は、社会への不満を人と話し合って抗議することがなく、犯罪に向かう幼稚な大人をつくっている(などというのは俗説で、幼稚で危険な犯罪層は実は団塊の世代)」と警鐘を鳴らす。

-記事ここまで-

 やれやれ。また、メディア元凶論・若者凶悪化論のミスリード記事。いつもなら文責が誰か名前が打たれてるのに、今回は無記名の匿名記事。でもこの[特報]の担当責任はいつも岩岡千尋だし、お決まりの内容からして今回もこいつだろうな。

 で、宮崎事件が猟奇犯罪の原点だそうです。じゃ、以下の猟奇事件は?

1902年(明治35)野口男三郎~臀肉切り少年殺し
 麹町で11歳の少年が夜道で男に殺害される。死体は頸部に刃物による切り傷がある他、左右の尻の肉が切り取られ、両眼がえぐり出されるというひどい状態。男は少年の肉を調理しスープにした。
1938年(昭和13年)岡山県津山30人殺し
 山村の性風習“夜這い”から、自分だけ疎外されたと思い込んだ22歳の男が逆上……
1957年 林邦太郎 中学生男児金魚鉢生首ホルマリン事件
 東京中野区で銭湯にでかけた12才の少年が行方不明に。後日、男の部屋から金魚鉢の中でホルマリン漬けにされた首だけの姿で発見される。
1968年 永山則夫連続射殺事件
 東京、京都、北海道、名古屋でガードマンやタクシー運転手ら4人が射殺された事件。犯人は当時19才の永山則夫。転々とする職の先々でトラブルを起こし、自暴自棄の末の凶行。
1969年 昭和44 高校生首狩り殺人事件
 犯人は同級生。いじめの仕返しとしての凶行だった。
1977年 昭和52 高校生わら人形殺人事件
 ゲイの少年が同級生のサッカー少年を殺害、現場に牛刀とわら人形を残す。少年の部屋からは横溝正史の猟奇小説がみつかる。金田一シリーズの映画パンフもあった。

 ……すみません、私もリンク先の事件の詳細読んで気が重くなってきたんでこの辺で勘弁して下さい。
 これらは劇場型猟奇犯罪の数々は、ごくごく一部の抜粋に過ぎません。20世紀にっぽん殺人事典紹介ページにあるように、女性・子どもをかどわかしては惨殺し、ご遺体を切り刻んだり判じ物を演出して自己顕示の劇場犯罪を繰り広げる異常者は、宮崎事件より遥か昔、明治、大正、昭和時代にいくらでも起こっていました。
 しかし宮崎事件が殊更“日本の現代犯罪史上初の猟奇殺人”として刻まれる要因は、メディアとサブカルの第1期爛熟期を迎た'80年代末頃、耳目を集めた最初の連続猟奇殺人が宮崎事件だった、という位置づけで認識するのが正しいでしょう。

 尚、事件当時、宮崎勤の部屋からはアダルト雑誌、アダルトビデオ、アニメ、漫画、ロリータものばっかり数千冊・数千本が押収された……という印象の報道が流されましたが、実際表面にみえるアニメタイトルは「男どあほう甲子園」とか「ドカベン」といった、ごく普通のもの。雑誌類も「GORO」「スコラ」といったものが中心。貯蔵量はともかく、内容は20代の男性としては至極普通のものばかり。
 ところが、部屋に最初に入れた記者の一団のひとりが、アダルトコミック漫画をどこかから抜き取り、一番上に乗せ、カメラ撮影を行った。そんな当時の逸話と悪意のある報道の詳細が暴露されています。(事件報道のリソースに「恣意的な映像」を加えていたマスコミ、それを黙認するマスコミ。不可視型探照灯さん)

 まとめましょ。

◇若者犯罪も凶悪犯罪も猟奇犯罪も増加していません。むしろ顕著に低減しています。
◇声明を送りつけたり、遺体をもてあそぶ劇場型猟奇犯罪は、明治にも昭和にも、戦前にも戦後にも頻発。その凄まじさ、発生数の多さは、現在の治安の温然ぶりとは比較になりません。
◇むしろ今、凶暴で犯罪傾向が強いのは、団塊の世代。
◇宮崎勤の当時のライブラリーやコレクションは、誰でも持ってるような平凡なものが大半だった。
◇しかしその事実も統計も犯罪史実も全て無視、“現代は病んでいる”“凶悪犯罪増加”の論調を、何がなんでもこじつけて情報操作、社会不安をライフワークとしたい輩が、今日も新聞やテレビの中、したり顔でウソをつき続ける。

 中日新聞のウソにダマされちゃダメですよみなさん。


 重要参考サイトはこちら。

バーチャル機器は犯罪を減らしているとしか思えないです凶悪犯罪増加の誤解を解くページさん
キレやすいのは誰だスタンダード反社会学講座さん
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by kitaharak | 2008-06-24 13:02 | マスメディア